フンドシブログ-タンゴ解説編 ありがとうございました。

みなさまこんにちは。
ナガイネ!が自慢のフンドシブログへようこそ。
というキャッチフレーズで少々意固地になって続けて参りましたタンゴ解説編、タンゴに馴染みのないジャズ方面のかたに向けて、長い長~いフンドシ文を書き垂れてきました。

が。

なんだか読んでいただいているのは、ワタクシよりもはるかにタンゴに精通したかたばかりで、すなわちこの一連、「卒論?」。

その卒論の目次です。順番に読んでいただくことによって、タンゴに馴染みのないかたのアレルギーが緩和されることを目的としています。つまり、ジャズのかたでも聴きやすいと思われるものからだんだんタンゴなものにというセットリストにしたつもりです。

第一話 ブエノスアイレスの冬 2013年2月5日
第二話 赤土の道-八千代座2010 2013年2月7日
第三話 Sur-「南へ」 2013年2月8日
第四話 Fuga y misterio – フーガと神秘2013年2月9日
第五話 Canaro En Paris(El Fuelle?ミユキタンゴ?)2013年2月19日
第六話 Taquito Militar – 軍靴の響き2013年2月21日
第七話 Nueve de julio – 7/9 2013年2月21日
第八話 Mano Brava – 豪腕 2013年2月23日
第九話 Ilusion de mi vida – 我が人生の幻想 2013年2月24日
第十話 Gallo Ciego - 盲目の雄鶏 2013年2月26日
第十一話 Adios Pampa mia – さらば草原よ 2013年2月27日
第十二話 Ciudad de los Vientos - 風の吹く町 2013年2月27日
第十三話 El Choclo 2013年2月28日
第十四話 La Cumparsita 2013年3月1日

と、このような連載になりました。

…。

ワタクシ、ギター弾きを専業でやるまでいろんな仕事してきてましてね。その中で、レンタルレコード本社っていうのがありました。80年代なかばくらいのことで、ちょうどその頃、レコード会社が一斉にレコードをCDに置き換えるときでした。

その時に、CD化されたジャズのアルバムが何枚あったか。確か約12万枚。だったと思います。30年近く前の話なんで、今は何枚あるんでしょうね。

この12万枚。どういう数字か今考えてみると。例えば40年かけて全部聴くには

40年=年間3000枚。一日あたり8.2枚。あなたがもし25歳なら65歳まで毎日毎日、もうノルマで8枚。一瞬だけ聴いて、はい次なんてインチキしちゃダメですよ。
そうすると、レコードはだいたい50分くらいでしたから、一日7時間弱。仕事以外の時間を全部投入して、40年。つまり25歳から年金もらうまで

少々体調が悪くても、同僚の飲みの誘いを断ってでも、もう寝る間を惜しんで聴く。しかも土日なしでこの時間。

新譜が出たらそれはサービス残業でさらに時間追加。

12万枚のレコードを聴くという時間とはこういうもので。
大雑把な記憶と大雑把な四則計算でスイマセン。
つまり。
音源化されている音楽作品をすべて聴ける人はどうやらいないんですね。

ジャズひとつとったって、全部聴いたことがある人なんていないんです。

つまり好きもキライもいいも悪いも出会いの問題でね。

だからタンゴでもジャズでも浜省でもなんでもいいんです。

では音楽と音楽みたいなものの違いはどこかというと。

ジャンル関係なしに、夢とキボーがあるかどうか。

ワタクシの主観でありますが、その音楽がいい音楽であれば、私の場合、そこには必ずコレがある。
ただし、青春時代な直球のお手々つないで前向いたり夕日に向かって叫んだり美しい国をむりやり取り戻したりする「夢とキボー」とは限りませんから音楽は実に面白いんです。

××の先にある夢とキボー とか。

争い、絶望、失望、貧困…、憂い、別れ、孤独、喪失…、敗北、

一見マイナスな方向の言葉がハマりやすいんだけれども、ほら成り立つでしょう。
コレはあまり語られない音楽の魅力なんじゃないかな。

重くないもので例えてもありますよ、受験失敗、ラブレターの誤字を添削されて返される、生えてくるものが生えて来ない、見えていた新聞がだんだん距離が遠くなる、さっきかけていたはずのメガネがない(オデコにある)…。

よくあることでも本人は大真面目に失望、絶望するわけでね。

老い、死、病、生そのものを仏教では苦しみとしていますね。そしてそれらは全て、あらゆるものが錯覚・幻想だと解きます。

いい話なんだけどもちょっと暗い。真面目。

音楽は副作用がないのがいいところなんで、多少煩悩にまみれていてよいんです。

 

マリアは死んでもマリアは死なない。

いいじゃないの幸せならば。

このように関係ないものと並べてみても、違和感がない。宗教でこんなことすると怒らそうですが、音楽は副作用がないですから。つまり道理ではなく感性ですんで。

マリアは死んでもマリアは死なない。

とれとれピチピチかに料理

ほら、やはり違和感が…少しあるけど、いずれにしても音楽は…、夢とキボーよね奥様。

…。

一生かかっても聴くことが困難な数の音楽記録物。きっとタンゴも相当量あると思います。

一見在庫過多とも思えるこの量。それは煩悩の質量、すなわち捨ててしまえばいいものを捨てられぬ、迷いと愚かな決心と挫折の先にある 夢とキボーのエネルギーの産物としておきたいとワタクシは考えています。

フンドシタンゴ解説。全部で14曲、我々の動画を使ってご紹介してきて参りました。

いろいろな先の 夢とキボー。
それぞれの想い、そろぞれの場所
ダンスと共に、メロディと共に、タンゴのリズムとともに、バンドネオンの響きと共に、はみ出し気味の合奏とともに、若しくは

リリアナさんと踊ってみたい

川波ちゃんと一緒に焼肉食ってみたい

あんな程度のギターならオレにやらせろー

こんなんでもいいんですよ、

どこかに夢とキボーが見つけてもらえましたら

ライブ会場で感じていただけたら

ウレシイことです。

3/1~3/2の演奏風景をケンジ師匠がさきほど送ってくれました。
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3/1 蔵王 遠刈田温泉「ゆと森倶楽部」暖炉ラウンジ

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3/2 水戸 自由が丘スタヂオ

寒い中、たくさんの応援ありがとうございました。

…。

ワタクシが未熟でうまく話せなかった前回の最終回フンドシ。

このフンドシをお読みのかたがfbで注釈をつけてくれました。

とても素敵な文章です。

原文をそのまま紹介させてください。



ラプラタ河口の港町であるブエノスアイレスとモンテビデオで、タンゴは生まれた。タンゴの音楽家は、その両方の港町にいたが。人口が多く、より金になるブエノスアイレスに渡って活動する傾向がある。フランシスコ・カナロ、フリオ・ソーサもウルグアイ出身。

神は、世の人々を救うために、処女マリアにイエスを生ませた。マリアがイエスを産んだのは、旅の途中の貧しい馬小屋の中。その旅は、古代ローマ皇帝が、人口調査のため、すべての住民に生まれ故郷に帰って登録するよう命じたが故のものと伝えられている。マリアは旅の途中で産気づいたが、宿屋は満室で泊る所か無い。貧しい馬小屋しか泊れるところはなかった。イエスは、成長し、律法に囚われるのではなく、互いに愛し合いなさいと、人々に教え、私たちの贖罪のために、十字架刑に処せられ死んだ。墓に葬られたが、三日目に復活し、弟子たちを聖霊で満たし、互いに愛し合いなさいとの教えを世に広めた。人の世界の中では、教会への富と権威の集中を伴いながら。植民地支配の先兵として、宣教師を送り出しながら。

植民地の港町で生まれ、売春宿でダンスと共に育ったアルゼンチンタンゴ。奇跡的に数多の名曲を生み、社会の下層から上層までの人々を虜にし、3分間の間、互いに愛し合う喜びで満たし、生活に疲れた人々を救っていった。地球の裏側まで。その過程では、一部の人々への富の集中を伴いながら。



ありがとうございました。

マリアは死んでもマリアは死なない。

マリアたちの朝食…
zao_20130302
 

 

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