私にとって現憲法とは何なのか?

みなさまお久しぶり、ナガイネ!フンドシブログでございます。

私はミュージシャンというより、昨今は旅芸人と申しますか、ダンスも歌も混ざったステージを楽しんでいただいている者になっておりましてね。

その時間と空間をお楽しみいただくのが仕事ですから、例えば今回の話題のようなこと、大切なことでもこれをMCで話したり訴えたり、演奏に直接的に取り入れたり表現したり、今の立ち位置はちょっと違うかなと。

この実に重要な話に疲れて、だから息抜きに足を運ばれるかたがいらっしゃるかもしれません。

なので震災以降、社会ネタは控え、つとめて音楽に的を絞って進めておりますフンドシブログでございますが。

 

今回はものがモノだけに、自己サイトを持つ者として思いを書かざるをえないのでお許し頂きたい。
というわけで今回は昨今の我が国の大問題について私の意見を書きます。フンドシにしては珍しく見直し編集なしの書き下ろしで一気に書きますよ。

 

では。



題:私にとって現憲法とはなんなのか

 

十数年前の父親の遺品整理で出てきた同窓会名簿には男子のほとんどがガダルカナル島で戦死と書いてありました。母親は空襲で家を失いました。
そんな息子として、多くを語らずにいた両親をどう受け継ぐか、考えて生きてきました。

300万とも言われる戦死者、不謹慎な比較ですが、震災の時の何倍か。300万÷2万=150。震災が150回分です。

空襲で民間人も無差別、原爆も同じ。何故、いつか仕返ししようという素朴な感情を親は持たなかったか、何故戦後、経験者は無言を貫いたか。

それは、そんな感情を上回るもうコテンパン、津波が4年で150回くらいの、実に何度も不謹慎でスイマセン、外地に行った同級生みんな死んで、住んでる場所は焼け野原、家は全焼財産も全焼で着の身着のまま焼け出され。

もしこれがあなただったらどう思いますか?

こんなことはもうたくさんだ。

ということが全てだと私は考えています。

もうたくさんだと、死者と残された者が言って我が国の憲法は出来ました。アメちゃんが原稿書いたかどうかは問題ではなく、みんなそう思った。

なので私も自分の親がそう思ったので分子として受け継いでおります。

戦争は、もうたくさんだ。

…。

4年前、津波で生き残った私の親戚は、その後、口々に私にこう言いました。

「ヤラレタ」

この言葉は、絶望の先にある最後の言葉ですよ。

原発にしても沖縄にしても、個人の痛みが昔ほど分かり合えない、その隙をつかれているような。

コテンパンで、ヤラレタで、もうたくさんだ。

もう一度、この思いを繰り返すかどうか、繰り返したらバカですよね学習できないバカ国家と国民。

…。

親父は死ぬちょっと前に正月だからということで病院から家に帰ってきて。

私に言った。

お前らは子供もいなから、なんとか生きていくだろうから心配はしていないが、この国はとても心配だ。

その後病院に帰って死んでしまったのでこれが遺言。

予言どおりになってしまった。

私が死んであの世に行ったら、今をどう説明したらいいのか。

震災で親父の地元すべてなくなりました、ついでに原発がおかしくなって日本全体がおかしくなりました、その隙をついて変な連中がやりたい放題。

若い連中、将来真っ暗。どうもスイマセン。

スイマセンで済むか?

怒られるだろうなあ。

繰り返しますが、我が国は過去にもうたくさんだと言う戦争経験をしているので、同じことをしてはいけません。原発事故も同じですね。

我が国という言葉を使っているのは、自分の国だから当然です。

我が家には旗立が門についていて、これは子供の頃から転勤をしてもまず親父が設置するもので。近所で誰もやってないから恥ずかしかったけども、旗日に日の丸。

死者を思う気持ちです、右翼でもなんでもない。

なんでうちだけ?私が問いただすと、なんて言ったと思います?

「デザインがいいから」。はっはっは確かにそうだ。そう言ってはぐらかした。

コテンパンでもうたくさんでも、死んだ同級生を忘れるわけにいかないからねえ。

自分も死ぬものだと思って同級生と一緒に田舎の駅から出征したらしいので。

その証拠に。

葬儀の後、遺品整理をしていたらうちの奥さんがまるで幽霊でも見たような顔であるものを持ってきた。

箪笥の奥からそれは出てきた、血判の署名がしてある日の丸でした。

正月に日の丸を掲げた我が家。その日の丸とは違う日の丸。

もうたくさんだと。

どうです今、この国を過去に戻そうとしているかたがた。

今の憲法はあなたがたが生まれる前か物心つくまえに、戦死者と被災者とその家族や友人が作ったものです。

なので、死者を乗り越えてでも変えたいなら、多磨霊園とかあちこちにある墓地を買収してマンションでも建てるくらいの気持ちでやっていただきたい。

牛久の大仏も回りの墓つぶして宿泊施設にしてさ、たまに動くとか寝るとか外貨獲得テーマパークのアトラクションにする覚悟で臨んでいただきたい。成田からすぐだから立地はいいけど。

羽田空港の鳥居みたいに、祟にあうよきっと。

首相官邸に兵隊さんの幽霊も出る。

お腹こわして仕事ほっぼらかして辞任することになる、二度目。

三度目はもうないなあ。だからなりふり構わずがんばってのか。

我々日本人はお墓におしっことかけたりしちゃダメなんですよ。

従いまして

私も亡き両親同様

もうたくさんだと申し上げたい。

戦争はもうたくさんだ。

それが昔から私が解釈している憲法。

…。

つまり。

そっちに人やカネ使うなら原発を全力で直していただきたい。
え?その人員?

貧乏人は徴兵して、海外か原発?

花室に来る若者諸君。

年金は払いなさいよ。

何?払ってない?なら今サラ金で借りて払いなさい。若いからいくらでもないでしょう。

サラ金なら命は落とさない。

国は容赦ないからだったら身体で払ってもらおうか と、来る。

持ってる自慢のレスポールを鉄砲に持ち替えさせられてだね。

友達や親戚に日の丸にサインしてもらってさ。

花室でもう会えないかもしれない。

いい年こいて年金不払い(NHKも)なみなさん。

兵隊さんにはもういい年だからいかねえなセーフだな、ホント?

年金納付は国民の義務です、ああこんなに滞納しちゃって…。

じゃあ、身体で払っていただきましょうか、いい日給の仕事があるんで と

原発作業が待っているよ。

みんな好きでビンボー人やってるんじゃない。

そんな我々を彼らは利用する。

これはこれで、もうたくさんだ。

…。

亡き父が当時、黙々と戦死者を偲び、平和を願って正月に掲げた日の丸。

そういう日の丸が我々の日の丸なんです。

彼らの日の丸とは違う。

西城秀樹と東條英機くらい違う。

今の時代に合わせるならきちっと手続きを踏んで改正するのが道理でね。

いいほうに改正すればよい。

今は改悪以前の問題、その手続も無視した暴挙、立憲制に反したいわゆるクーデターです。
親父が掲げた平和の日の丸、この思いと願いを反故にして鷲掴みし投げ捨てるようなことを私は容認しない。

親子として受け継いだ者として、ここを譲ることは私には出来ないんですね。

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